ADHDのラスカルの手帳

四国在住/20代でADHD(注意欠如多動症/注意欠陥多動性障害)と診断/社会不安障害(対人恐怖症)/アルバイター

ADHDの私が看護師のキャリアを捨てた話


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ADHD(注意欠陥多動性障害/注意欠如多動症)・社会不安障害の池田ラスカル@rasukarurunです。最近、部屋を片付けるために一丸発起して断捨離をしています。その中でも、一番の重荷になっていたあるものを「捨てる」という選択をしました。

私の重荷になっていた「看護師への未練」と、1冊の本との出会いについて書いていきます。

〈目次〉

わずか3か月で終わった看護師のキャリア

私は留年・休学を経て看護師国家試験に合格したのち、新卒で看護師として総合病院に入職しました。しかし優しい先輩を呆れさせてしまうほどのミスを連発し、一生懸命やっても空回り。自分でも「なぜこんなに仕事が出来ないのか」と苦しみました。わずか3か月で休職し、復職することなく退職しました。

休職中にADHD(注意欠陥多動性障害/注意欠如多動症)という診断を受けました。学生時代から社会不安(対人恐怖)に苦しんでいましたが、それだけではなく発達障害を持っていたことに初めて気づきました。看護師を退職後は、ADHDの症状緩和のために薬物療法を開始しました。

 

「薬を飲んだら症状が改善して、看護師の仕事も出来るようになるかもしれない。」

ADHDの診断を受けた日の、医師のこの言葉がずっと心に引っかかっていました。退職後は、日雇いのアルバイト、コールセンター勤務(派遣社員)、倉庫での仕分け・ピッキングのアルバイトなどを転々としました。

看護や医療の世界から離れながらも「いつか戻るかもしれない」「いつかまた働きたい」という気持ちを持ち続けていました。ブランクが開けばあくほど、学生時代に学んだ知識も忘れていき、最新の医療についていけなくなっていきます。

また1つ年を重ね、20代後半になりました。

何気なく看護師の求人情報を眺めていると「看護師に戻るなら、1日でも早く、1歳でも若い方が良いのでは?」と焦るような気持ちになり、看護師復職を思い立ちました。

 

本当に看護師の仕事がやりたいのか?

看護師に再チャレンジすることを思い立った私は、勢いで看護師の求人マッチングサービスの看護のお仕事に登録しました。すぐにコンサルタントの方から連絡がきました。しかし、いざ看護師復帰が現実的になると迷いがありました。

 

ほとんど経験を積まないまま離職したので、一から勉強しないとしなくてはいけない。

実習や新人研修で覚えた看護技術も忘れているが、中途採用者にきちんと教育指導してくれる職場があるだろうか…

薬を飲んで改善しているとはいえ、ADHDを抱えた私に看護師の仕事が務まるだろうか。疲れやすい自分のキャパシティを超えないように、日勤のみのパートで無理なく働ける職場が見つかるだろうか…。

 

 

どんどん憂鬱な気持ちになり、新人看護師時代の失敗の数々をトラウマのように思い浮かんできました。

今の倉庫軽作業のアルバイトですら、満足にこなせない私が、本当に看護師として働けるだろうか?と不安になりました。

失敗を恐れずにチャレンジすることも人生には必要です。しかし困難をはねのけるには、強い意思が必要です。私は本当に「看護師の仕事がやりたい」のだろうか…。それを考えた時に、自分の本当の気持ちに気付きました。

 

私が看護師に戻りたかった2つの理由

理由①費やしたお金と時間が無駄になるような気がした

私は「看護師免許」という1枚の紙を手にするために、6年間の年月とお金を費やしました。私立の短期大学(3年制)に入学し、留年や休学をしながら5年半かけて卒業。その後は半年間、国家試験予備校に通いながら看護師国家試験合格を目指しました。

短期大学の授業料は年間100万弱です。入学金・教科書代・実習費・予備校代を合わせると、入学から国家試験までに500万以上の学費がかかっています

6年間の仕送りを含めると1000万を超えるのではないでしょうか。

これは全て親に払ってもらいました。あまり裕福ではない家庭だったので、とても大きな負担をかけました。人と関わることが苦手で、注意欠陥という障害があり「看護師の仕事にはとても向いていない」と痛いほど実感していました。

しかし、親に払ってもらったお金や、自分が勉強や実習に費やしてきた年月の重さを考えると「看護師」という選択肢を捨てることができませんでした。

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狭い部屋のクローゼットには、学生時代・看護学生時代の教科書やレポートを収納していました。これでも引っ越しの時に、半分くらいは捨てたのですが、それでも狭い部屋の1畳分を占領していました。

もう開くことがなくなった教科書ですが、自分の思いが詰まっていて捨てられませんでした。「いつかまた必要になるかもしれない」という気持ちもありました。

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新人看護師時代に使っていた聴診器・ナースウォッチ・駆血帯・白衣のポケットに入れていたメモ帳や学習カードやマジック…。

看護師を辞めた時に職場のロッカーから持ち帰った荷物は、そこまま段ボール箱に入れて保管していました。

有名片付けコンサルタント・こんまりさんによると「ときめかないものは捨てるべき」だそうです。私はこの大量の教科書やナースグッツを手に取ると“ときめき”を遥かに超えて胸が締め付けられました。

手に取ると、学生生活や3か月で終わった看護師生活の記憶を思い出し、泣きたくなるほど胸が痛くなりました。

苦しかったことや、挫折しながらもなんとか踏ん張ったこと、嬉しかったこと、迷惑をかけながらも支えてくれた人たちのことを思い出しました。

「いっそ看護師という進路を選ばなければ良かった」「自分の記憶から消してしまいたい」と何度も悩みました。

 

 

理由②フリーターという立場に対するコンプレックスと世間体

看護師に戻りたかった2つ目の理由は、社会的に認められる肩書きを取り戻したかったからです。看護師を辞めてからの私は、非正規雇用(アルバイト・派遣社員)で働いてきました。あらゆる場面でコンプレックスを感じてきました。

 

  • 法事で親戚から「今は何の仕事をしているの?」と聞かれて、倉庫のアルバイトだと言うのが恥ずかしかった。
  • アルバイト先で同じバイトの主婦から「就職せずにこのままでいいの?」「何で看護師に戻らないの?」と言われた。
  • 派遣会社に登録する時や、アルバイトに応募する時も、履歴書に看護師だったことを書くと「なぜ看護師の仕事をしないの?」「どうして看護師を辞めたの?」と聞かれた。

 

 こんな時に、私は強い劣等感を感じて「このままではいけない」と思うようになりました。しかし、看護師以外の正社員の仕事にチャレンジしようとは思いませんでした。

 

  • 自分の経歴・資格・キャリアで、正社員の仕事に就くのは厳しい。正社員に慣れたとしてもブラック
  • ADHDという発達障害があり、キャパシティに限界があるため、フルタイムで週40時間を超える労働に耐えられない

 

「看護師なら非常勤のパートタイムという雇用で働いても、専門職として社会的に認められ、信用される」

これが、私が看護師へ戻ろうとした一番の本音でした。 

「やりたいこと」は看護師ではない

なぜ看護師に戻ろうとしたのか考えた結果「本当に看護師業務がやりたいわけではない」と気付きました。過去に固執し、世間の目を気にしていたのです。

子どもの頃から「社会に馴染めない」「普通に生きられない」性質で、発達障害と診断されてもなお「社会の中で“普通”である自分」に拘っていました。

自分が本当にやりたい訳ではない仕事、自分の性質とは真逆の仕事、あらゆる困難を必要とする仕事…

それにチャレンジすることが本当に「正しい」のだろうか?無理をして努力をして幸せになれるのだろうか?

そんな私の心を照らしてくれたのが、ある一冊の本でした。

 

1冊の本で、私は看護師を諦める決断ができた

ゆるく考えよう 人生を100倍ラクにする思考法

 

モヤモヤと悩んでいるときに、何気なくAmazonのkindleストア(電子書籍)を見ていたら、ある一冊の本のタイトルに惹かれました。

その本は「ゆるく考えよう 人生を100倍ラクにする思考法 」。ちきりんさんという有名ブロガーの方の書籍です。スマートフォンでダウンロードすると、一気に読み終えました。

“諦める”のは悪いことではない

 

仮に非常に早い段階で「自分にはなれない職業がある、手に入れられない生活がある」と理解したとしても、人生全部を諦めて絶望する必要は全くありません。むしろそれは早めに「進むべき道を現実的に選べる」ということを意味します。

引用:ゆるく考えよう 人生を100倍ラクにする思考法 (文庫ぎんが堂)

「違っていた」と分かったら素直にやめることです。人生の時間を無駄にする必要はありません。また、「終わる決断」が出来るようになれば、人も企業ももっと自由にチャレンジできるようになります。

引用:ゆるく考えよう 人生を100倍ラクにする思考法 (文庫ぎんが堂)

 

 私は「辞める」「諦める」ということは、どこか逃げているようで悪いことだと思っていました。しかし、諦める勇気を持つことも、前に進んでいく手段だと気付きました。

やりたくない困難なことを無理にやり続けるより、自分に合った道を選んでいこうと肩の力が抜けました。

社会の多数派に無理に合わせる必要はない

私がもう一つ気にしていた「世間体」というモヤモヤに対しても、この本は心を軽くしてくれました。

 

世の中で多くの人がやっていることをやらないと、「なぜ?」と聞かれます。定職についていないと「なぜ?」、40歳で結婚していないと「なぜ?」、結婚5年目で子どもがいなくて「なぜ?」と問われる人も多いでしょう。

引用:ゆるく考えよう 人生を100倍ラクにする思考法 (文庫ぎんが堂)

自分がやっていることは、世の中の大半の人がやっていることである。したがって自分は「普通」であり、普通でない人に「なぜ?」と聞くことは自然なことである、と質問者は思っています。

でも世の中の正否は多数決で決まるものではないし、人と違うことをやること、考えることは、不自然なことでも悪いことでもありません。

引用:ゆるく考えよう 人生を100倍ラクにする思考法 (文庫ぎんが堂)

 

自分が社会の中で「普通」の「多数派」ではないことに劣等感を感じていた私。だけど、無理に多数派に合わせていては「自分の人生」を生きていけないと気付きました。「社会の常識」を無条件に受け入れるのではなくて、自分が心地良い・楽しいと感じる生活を優先していきたいと思いました。

今は非正規雇用で能力に見合った仕事をしながら、身の丈に合った暮らしをしていこう。そして本当にやりたいことに労力を使い、自分の仕事や収入を育てていこうと思います。

看護師への執着を“断捨離”することが出来た

クローゼットのカラーボックスを占領していた大量の教科書やプリントは、頑丈な段ボール箱に入れて一旦保管することにしました。資源ごみの日に捨てたいと思います。

 

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段ボール箱に封印すると、スッキリしました。

 

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ガランとしたカラーボックスを眺めていたら、心の重荷が取れたような楽な気分になりました。ここにはこれから、新しい本を入れていきます。

本の中に書かれていた「人生の主役を生きる」という言葉が印象的でした。

「捨てる」「諦める」という決断は、新しい自分の人生を作っていくきっかけになるといいなと思います。

 

 

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