ADHDのラスカルの手帳

20代でADHD(注意欠如多動症/注意欠陥多動性障害)と診断/社会不安障害(対人恐怖症)/アルバイター

ADHDが2016年を振り返る!7月~9月【冷凍倉庫で耐えた夏】

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ADHD(注意欠陥多動性障害/注意欠如多動症)の池田ラスカルADHD(@rasukarurun2016年を振り返るシリーズ第3弾です。

前回の記事→ADHDが2016年を振り返る!1月~3月【コールセンター、欠勤、失業…】 

4月~6月【日雇い地獄、在宅ワーク、誕生日】 

ブログの更新を先延ばしにしていたら、もう2017年になって1ヵ月が過ぎようとしています。早く振り返らなきゃ…。ということで、7月~9月の振り返りです。

 

 <目次>

 

 

7月-マイナス20℃以下の冷凍倉庫での日雇い寒さを求めて冷凍倉庫へ

4月~6月は、日雇いアルバイターとして倉庫内軽作業や食品工場で製造業務をしてきました。初夏になり、悩まされたのが仕事中の汗です。倉庫は空調が効いていません。ワキガで多汗症の私は汗まみれになりながら、倉庫で肉体労働に耐えていました。

7月になっていよいよ耐え切れなくなり、よし!寒いところで働くぞ!と決意して、冷凍倉庫の日雇いを探しはじめました。

ショットワークス マイナビスタッフ などの登録サイトで、冷凍倉庫の日雇いの求人を探して応募しました。

想像以上の寒さに耐える夏

押入れから季節外れのマフラーや耳あてを引っ張り出し、山奥の冷凍倉庫へ向かいました。加工食品を扱っている物流倉庫で、検品やピッキング(出荷のための仕分け)の業務でした。

田舎にしては時給が高めの求人だったのですが、すぐにその理由が分かりました。いくら何でも寒すぎる。スケートリンクより寒い。経験したことのない寒さでした。手袋を二重にしても、手袋そのものが凍り、マフラーも凍ってしまうため防寒の意味がない…。

真夏なので、外に出ると気温は24℃…倉庫に入ると-24℃…寒暖差が激しすぎておかしくなりそうでした。残業もあり、1日働くとへとへとだったので、1日おきに週3~4日出勤していました。

 

 

医療系Webメディアのライターになった

生活費の足しにするために、クラウドワークス に登録して、タスク形式の記事作成の仕事をしていました。単価の安い記事作成で日銭を稼ぐ日々。そんなある日、クラウドワークスで、医療Webメディアのライター募集案件を見つけました。

1記事1500文字~2000文字で2000円の条件でした。それまで400文字100円くらいで書いていた私にとっては、魅力的な募集でした。元医療職の知識も生かせるのでは?と思い、トライアウト記事を書いて募集しました。

生活に困っていた私にとって、このチャンスをつかみ取りたい!と決心し、久しぶりにワクワクしていました。

そして、トライアウトに合格し、継続的に記事執筆の依頼をいただくようになりました。しかし、思っていたよりもキツい日々でした。

編集部からのテーマを基に、毎週2記事納品しました。きちんと医療的根拠に基づいた記事を書こうとすると、とても時間がかかります。ADHDで先延ばし癖のある私は、いつも納期ぎりぎりに納品していました。気が散りやすい私は、1つの記事を書くのに1日かけていました。

1記事2000円の報酬でしたが、クラウドワークス に手数料を引かれるので、1600円程度の報酬でした。普通にバイトした方が稼げるのでは?と葛藤もしました。

週4日の過酷なアルバイトでへとへとになり、休みの日は自宅のパソコンで記事を書いて、何とか納品していました。

 

 結局、この仕事は9月頃に辞めてしまいました。今は、納期のないタスク形式の記事作成を気楽にやってます。

 

 7月のブログ記事


8月-ひたすら冷凍倉庫で働き続ける

8月、一言で言うと「暑かった。あとめちゃめちゃ寒かった。」です。家賃のため、カードの返済のため、冷凍倉庫の日雇いにしがみ付いていました。

朝起きて、バスか電車に乗って、炎天下の下を山奥の倉庫まで歩きました。日傘を差して、汗まみれになりながら出勤しました。到着するとトイレで汗にぬれたシャツを脱ぎました。ヒートテックを着て、ニットのセーターを着て、ウインドブレーカーと防寒用の作業着羽織ります。

帽子、マフラー、手袋…夏場とは思えない厚着を着て、更衣室から倉庫まで移動します。うだるような暑さ。この移動がとてもつらかったです。-20℃以下の倉庫に入ると、一気に寒波に襲われます。先ほどの暑さが嘘のような寒さです。

寒暖差が激しすぎて、おかしくなりそうでした。

毎朝バイトに行きたくない。出勤したら早く帰りたい。休みの日は昼まで寝て、クラウドワークスに納品する記事をなんとか書き上げて、最低限の家事をして寝るだけ。

いつもいっぱいいっぱいで、追い詰められていました。

 

ADHDに苦しみながら、冷凍倉庫で働いた。

「それでも、私はここで働くしかない」と言い聞かせました。冷凍倉庫でのピッキングの仕事は、荷物も凍っているのでとても重いのです。重量は12kg前後あります。

動かないと寒くて震えるので、必死に体を動かして、力を振り絞って荷物を運びました。

「倉庫軽作業」と銘打ってはいましたが、全く「軽作業」ではなく重労働です。男性でも荷物の重さで筋肉痛や腰痛になったり、入社してきた人が1日で辞めたり失踪したりする環境でした。とにかく寒い。重い。しんどい。でもまともな人材が集まらない人手不足の仕事だからこそ、こんな私でも必要とされ、続けることができたのです。

ADHDで注意欠陥のある私は、単純なピッキング作業で何度も単純ミスをしました。数を数え間違える、格納する棚を間違える…。

必死に動き回るほど空回りをしました。

体や荷物をいたるところにぶつけたり、他の作業員とぶつかったり、倉庫を走り回るフォークリフト車に轢かれそうになったりしました。

作業に必死になれば、周りが見えなくなり、うまくコミュニケーションも取れず、嫌味を言われたりしました。帰宅してお風呂に入ると、体に痣ができていたり、しもやけで皮膚がただれていたり、凍傷で爪が割れかけたりしていました。

 

それでも、お金のために何とか出勤しました。猫の手も借りたいような人手不足の現場だったので、こんな私でもここにいてもいいんだと言い聞かせました。

 

8月のブログ記事

 

9月-時給950円で冷凍倉庫のアルバイトを続けた

9月も冷凍倉庫の日雇いアルバイトをしていました。節約のために毎日手作りのおにぎりを持って、クリスタルガイザーのペットボトルに水道水を詰めて出勤していました。

 

 国民年金は払えず、免除の申請をしました。無職だった時に借りたカードのリボ払いの返済をしながら、家賃と光熱費を払うと、手元にお金はほとんど残りませんでした。

 日雇いアルバイトですが、一か所の冷凍倉庫で働いていました。仕事も慣れてきて、職場の人から名前も覚えられました。ようやく仕事に慣れてきたと思ったら、新しい仕事を任され、いっぱいいっぱいでした。

 

ADHD(発達障害者)が仕事に苦しむ過程

 

寒さに耐えて過ぎた夏

 ADHDで発達障害者の私が、一般就労で働くという難しさや、生きていく苦しさを感じていました。冷凍庫で寒さに耐えているうちに7月が過ぎ、8月が過ぎ、夏が終わり、気が付けば秋になっていました。

花火も海もプールも何のイベントもなく、寒い夏を過ごしました。

 

ほしいものリストから贈り物をいただきました

 

9月は、Amazon ほしいものリスト(ラスカルのフードバンク)から食べ物や生活物資をいただきました。商品と一緒に入っていた納品書やメッセージはすべて保管しています。ブログの読者の方々、Twitterの方々、本当にありがとうございます。

 くたくたで帰宅して、1人暮らしの散らかった部屋で孤独を感じて、お金もない私。時々Amazon から届いたプレゼントは、すさんだ心を助けてくれました。

顔も名前も知らない方から贈り物を受け取るたびに、何とか生きていこうと思えました。

この時期に何度も聴いた曲がありました。syrup16gというロックバンドのアルバムHurt に収録されている「旅立ちの歌」です。歌詞の一部を引用します。

 

残念の中で 落胆の雨でも
勇敢な姿を  誰かがきっと見ている
最低の中で 最高は輝く
もうあり得ないほど嫌になったら
逃げ出してしまえばいい

 

重い足取りで、何とか家を出て、冷凍倉庫に向かう途中に聴いていました。今にも逃げ出したい気持ちを抑えることができました。

「勇敢な姿を 誰かがきっと見ている」ほしいものリストからのプレゼントはその証明でした。最低の日々の中で最高のプレゼントをもらいました。

 

9月のブログ記事

9月はADHD治療のために自立支援医療の更新をしたり、サプリメントを色々試したり、ADHDを治したいとあがいていました。

 

 

やっと9月まで振り返りました。今月中に12月まで振り返れたらいいなと思います。