ADHDのラスカルの手帳

四国在住/20代でADHD(注意欠如多動症/注意欠陥多動性障害)と診断/社会不安障害(対人恐怖症)/アルバイター

ADHDが2016年を振り返る!4月~6月【日雇い地獄、在宅ワーク、誕生日】

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ADHD(注意欠陥多動性障害/注意欠如多動症)の池田ラスカルADHD(@rasukarurun)す。気が付くと、今年もあと2日。びっくりです。2016年を振り返るシリーズ第二弾です。

前回の記事→ADHDが2016年を振り返る!1月~3月【コールセンター、欠勤、失業…】 

目次

4月-失業し、日雇いアルバイトを始める

コールセンターの派遣社員の仕事を、逃げるようにやめた私(前回の記事を参照)。解放感もつかの間で、一気に不安に襲われました。貯金はゼロ、一人暮らしなので家賃・光熱費等々お金がかさみます。

とにかくお金が必要!でも、すぐにハローワークで仕事を探す元気はない。前職がうまくいかず、自信もありませんでした。

そこで日雇い派遣、単発のアルバイトに行くことにしました。

 

以前登録していた日々紹介の人材紹介会社、ショットワークス などの短期・単発バイト紹介サイト、派遣会社にWeb登録した私。

倉庫軽作業での日雇いアルバイトを探して、応募しました。コールセンターでの仕事に疲れていた私は、人と喋らなくても良い単純作業を選びました。

しかし、単純作業や日雇いならではの苦悩もありました。

久しぶりに足を踏み入れた日雇いの世界…オフィス勤めよりは落ち着くけど、社会の底のような、生ぬるい沼に入ったような、薄暗い場所でした。

 

4月のブログ記事(日雇い体験談)

 

毎朝、頑張って起きて、なんとか倉庫へ日雇いに行ってました。

毎日、心をすり減らしながら、時には雨に打たれながら、それでも生活のために日雇いに行く日々。

この時は、愚痴のような日記ばかりブログに書いていました。

この記事を読んで、当時の自分の姿を思い出して泣きそうになりました。4月、つらかったね。

 

 正式に退職手続きー開放感と不安

 派遣社員の仕事は、3月末から出勤できなくなっていました。しかし、欠勤のままずるずると出勤しなくなっていたため、正式に退職手続きをしたのは4月です。

契約の途中でやめてしまい、本当に迷惑をかけてしまいました。

社会保険の脱退手続きをしました。

 

 

 派遣会社の健康保険から、国保に切り替え、自立支援を申請し直しました。厚生年金から国民年金に加入し、年金を払うお金はないので免除の申請をして…とてもドタバタしていました。

「もうあの会社に行かなくていいんだ」という解放感と、お金も職もなくなった不安、失った自信…。

貯金もなく、何とか日雇いで日銭を稼ぎ、その日暮らしの生活をしていました。

 

リボ払いへはまっていく

とにかくお金が必要だった私は、楽天カード に申し込みをしました。年会費無料で、新規にカードを発行するだけで6000円分のポイントがもらえるのです。

6000千といえば、私にとって1日働いてもらえるくらいの額!ポイント目当てでを申請しました。日雇いでもあっさり審査に通りました。

手元に現金がなく、口座にもお金がない。食料品は楽天カード で支払いをしていました。利用額の支払いは、リボ払いで先延ばしにしていました。

フリーターはクレジットカードの審査に通りにくいのですが、日雇いアルバイターでも作れる楽天カード は最後の砦でした。

この時のリボ払いの返済は、いまだに続いています。

 

私には何ができるんだろう?

「私には何の仕事ができるんだろう?」「私に向いている仕事なんてあるのだろうか?」そんな風に、自問自答を繰り返していました。

 

あれもダメ、これもダメ…自分の能力の限界を感じていました。そんなうつうつとした気持ちのままで、4月は終わりました。

 

4月のブログ記事(失業と仕事への思い)

 

 

5月-在宅ワークをはじめる

日雇いアルバイトだけの収入では生活できず、在宅ワークに取り組むようになりました。

しかし、何のスキルもない私。家にいて出来る仕事なんてあるのか?と思いつつ、とにかくお金を稼がなければ!と必死でした。

そこで始めたのが「クラウドソーシング」です。4月に大手の「クラウドワークス」や「ランサーズ 」 に登録して、5月から没頭するようになりました。

最初は、タスク形式の簡単な記事作成や、アンケート回答などの作業でコツコツ報酬を積み上げていきました。

 

日雇い労働とランサーズで何とか食い繋ぐ

ランサーズ は私にとって、命綱になりました。日雇い労働にいき、空いた時間でランサーズ での記事作成・ライティングや入力作業などの作業をひたすらやりました。

低報酬でしたが、昔の内職よりはマシな報酬がもらえました。

 元々、文章を書くのが好きだった私。小さい頃は小説家、ライター、編集者を夢見ていました。ブログを読んでも分かる通り、下手の横好きですが、そんな私でも文章を書いてお金をもらうことができました。

低報酬の案件に、質の低い文章を納品して成立する…。Webライターさんの収入が下がっているのも分かる気がします。

 1文字1円にもならないライティングの仕事を続けて、5月は何とか1万円程度稼ぎました。

日雇い労働の収入と合わせても赤字でしたが、生きるために必死でした。

 

ボロボロになって日雇いに行った

5月のブログ記事を読んでいると、日雇いアルバイトの日記をたくさん書いていました。倉庫軽作業や、食品工場での日雇いに行っていました。

とにかく心身ともにつらく、社会の底辺でボロボロになりながら働いていました。

普通の社会から逃げて、日雇いアルバイトに行くの日々…それは、まるで沼にはまったような感覚でした。

 

いつもお金がない、メンタルもボロボロ、体もあざや傷だらけ。

5月のブログを読んでいたら、倉庫軽作業の手作業で腱鞘炎になってサポーターをしたり、交通事故にも遭ったり、災難が多かったです。

未来の事を考えれば憂鬱になるし、過去を振り返れば思い出したくないことばかり。

逃げたくても逃げられない"今"を生きていました。

 

 6月-哀しい誕生日

 

 6月には、ひっそりと誕生日を迎えました。

喜びなんて全くありませんでした。子供の頃に思い描いた未来から大きく脱線していました。

 年を重ねていく恐怖と空しさ、どうしようもないやりきれない気持ちを、ブログに書き殴りました。

 

Amazonほしいものリストから食べ物が…捨てる神あれば拾う神あり

食べ物に困った私は、フードバンクと称してAmazonほしいものリストを作成し、Twitterに投稿しました。

 

 

すると、Twitterの相互フォロワーの方や、匿名の方から食べ物が届きました。

正直、かなり驚きました。

 

Amazonほしいものリストでは、納品書にメッセージを印字することができます。

以前、匿名方からの贈り物で、こんなメッセージをいただいたことがあります。

「生きていてくれてありがとう」

これほど自分を肯定してくれる言葉はないと思います。衝撃を受けました。どこの誰かは分からないが、自分のことをそんな風に思ってくれる人がいます。

それがただ嬉しかったのです。

2016年に入り、私の日常は悪意と敵意にあふれていました。失敗と後悔の日々。全く嬉しくない誕生日、孤独な毎日。そんな中で与えられた善意。

忘れたくないと思いました。

「人生は悪いことばかりじゃない、私は生きていてもいい、生きていればいいこともある。」

そんな気持ちを少し、取り戻せたのです。 

つらかった4月~6月ですが、その中で時々ふれた優しさや、良かったことを忘れたくないなと思います。  

そして、梅雨のように鬱々とした6月が終わり、ここから“世界でいちばん寒い夏”を迎えます。

続きはまたのちほど!