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ADHDのラスカルの手帳

四国在/20代でADHD(注意欠如多動症/注意欠陥多動性障害)と診断/コンサータ・ストラテラ/うつ/社会不安/アルバイター/ クラウドワーカー/生きるための記録/

ADHDが2016年を振り返る!1月~3月【コールセンター、欠勤、失業…】

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ADHD(注意欠陥多動性障害/注意欠如多動症)の池田ラスカル@ADHD(@rasukarurun)す。驚くことに今年もあと10日?です。

(今年1年何やってたんだろうなぁ…)と虚しい気持ちになりました。

それでも、たくさん悩んだり、苦しんだり、逃げたり、そんな中でちょっと頑張ったり、嬉しいことがあったり、たまーに前向きになったり、少し成長したり…。色々なことが1年につまっています。

仕事を辞めて、日雇いをして、お金がなくなって、バイトをして…ハタからろくでもないフリーターの1年ですが、それでも1日1日生きてきました。その事を忘れたくないと思って、振り返りの記事を書くことにしました。

治療の振り返り記録は、また別の記事で書きます。お仕事や生活のことを中心に振り返ります。

 

<目次>

簡単に自己紹介

名前:池田ラスカル   (@rasukarurun) | Twitter

女、一人暮らし、四国あたりのどこかに在住、年齢は20代半ば

2015年にADHD(注意欠如多動症)と診断される。ワキガ(→最近作ったブログわきがガール~Dream Stage~

貯金はマイナス!年収は120万くらい、元医療職だが、現在は倉庫作業員のフリーター

 

1月-コールセンターで奮闘する

2015年の11月半ばから、通信系のコールセンターに派遣社員として勤務していました。12月末までは、座学とロールプレイなどの研修のみでした。

そして1月から「お客さんの電話を取る」ようになります。

ちなみに、三が日の休みが明けて早々に寝坊して、欠勤しました。

 

慣れないオフィスでの仕事に苦しむ

1月は、苦悩の日々でした。

電話はひっきりなしにかかってきます。総合窓口なので、すべてに対応します。とにかく覚えること、処理しないといけないことが大量にあり、頭がパンクしそうでした。

それまでの私は、新卒でついた医療職を半年で退職、以後1年間はフリーターをしていました。

ロクに社会経験がなく、オフィスで働くのは初めてでした。

自分のコミュニケーション能力の低さ、社会性のなさ、事務作業の向いてなさに悩みました。注意欠陥で数々の失敗をしました。

コンサータ36mgの副作用でドライマウスにもなりました。

電話対応で喋ると口が渇くため、いつもデスクに水筒を置いて、1日2ℓくらい飲んでました。

逃げ出したい反面、「この仕事を覚えて頑張るぞ!」という気持ちで踏みとどまっていました。

 

1月のブログ記事:【ADHD】 注意欠陥で働くということ。逃げ出したい、でも…。 

 

格安SIMに乗り変える 

この月に良かったことは、スマートフォンをdocomoから格安SIMのBIGLOBE に乗り変えて、通話料金が安くなったことです。

しかも、障害者手帳を使ってハーティ割(障害者割)適応プランに変更したあとに解約することで、解約金なしで乗り変えに成功しました。

詳しくは→解約金なしで格安SIMに乗り換えできました。

 

2月-仕事で心が壊れかける

 

「仕事ができない自分」に追い詰められていく

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2月になると、電話を取る量も増えていきます。「新人だから」と優しく指導してくれていた先輩も少し厳しくなります。

繁栄期なのに人手不足で、ひっきりなしに電話がかかってきます。慌てながら電話を取り、メモを書き間違えたり、大事なことを伝え間違えたり、分からないことを放置してどんでもないことになったり…。

自分のミスや対応でクレームが入るようになります。「仕事ができない自分」に追い詰められて心をボロボロにしていました。

朝起きて、何とか出勤して、帰宅してぐったり。「とにかく仕事をやめたい」「目覚めたくない」そんなことばかり思っていました。

週末の休みは家でぼーっとして、あっという間に過ぎていく。部屋も心もぐちゃぐちゃでした。

 

当日欠勤、そして無断欠勤

とうとう、朝のアラームが鳴ってもベットから出られなくなりました。「会社に行きたくない」という気持ちで頭がいっぱいになり、当日欠勤しました。

 

 そして当日欠勤をした次の日も出勤できませんでした。

(休みますって連絡しないと・・・)そうは思いながらも、なかなか発信ボタンを押せず、電話ができませんでした。そして出勤時間をとっくに過ぎてしまいました。

私は逃げるようにスマートフォンの電源を切り、布団にくるまりました。まるで指名手配中の犯罪者のような気分でした。自分の部屋にいるのに、ずっと息をひそめていました。

この日は毎朝飲んでいるコンサータ錠を飲まなかったので、離脱症状で倦怠感と眠気に襲われ、気が付くとなぜか玄関で寝ていました。夜になっていました。

スマートフォンの電源をつけると、派遣会社から着信履歴が入っていました。かけ直す勇気もありませんでした。

薬の離脱症状と、精神的な不安で起き上がれなくなり、救急車を呼んでしまいました。

 

逃げられない現実。何とか職場に復帰する。

無断欠勤をした日は金曜日で、翌日から2連休でした。

このまま辞めてしまいたい、もう職場に戻る勇気はない…。どこか遠くに行ってしまいたい…。そんなことを思っていました。

しかし、現実からは逃げられません。社会に出てから何とも退職を繰り返し、アルバイトを変えてきました。「何ども同じ過ちを繰り返してはいけない」と思い、きちんと連絡をして、職場に顔を出そうと思いました。

お金もありませんでした。この月は家賃を払えるかどうかも不安で、手元に現金が全くありませんでした。

私は2連休の間に「無断欠勤した言い訳」を作り上げ、派遣会社の担当者に謝罪のメールと電話をしました。そして迎えた月曜日、必死の思いで出勤しました。

上司に頭を下げて、無断欠勤を誤りました。そして面談をしました。

「朝になって急に体調が悪くなり、救急車で運ばれた。

その時にスマートフォンを自宅に置いてきていて、一人暮らしなので職場に連絡できなかった。原因はアレルギーだった。」

かなり苦しい言い訳をしました。上司は疑いながらも、深くは追求せずに、体調を気遣って下さいました。

勤務先のコールセンターは離職率が高く、猫の手も借りたいくらい人手不足でした。せっかく研修をさせた新人を手放したくなかったのだと思います。

 

3月-再び無断欠勤。そして退職へ。

契約を更新したものの…

3月になり、相変わらず身も心もボロボロになりながら出勤していました。電話を取る件数も増え、その分ミスも増えていきました。

 

PCの周りにポストイットを大量に貼り付けて、頭の中がぐちゃぐちゃになりながら、時間に追われました。メモ帳とペンを片手に、必死に電話を取りました。

壊れたロボットのように感情を押し殺し、客や上司に謝る毎日。自分の対応でクレームになることが、何度もありました。

 

仕事で疲れ果て、土日の休みは家事もできず、一日中家に引きこもる日々でした。

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派遣先とは、3か月ごとの契約更新制でした。3月末でいったん契約が満了になる予定でした。

派遣先の上司は「よく頑張ってるので、ぜひ契約更新して4月からも続けてほしい。体調には考慮する。」と言ってくださいました。

コールセンターは繁栄期で、とにかく人手が足らず、何十分も電話をかけてきたお客さんを待たせていました。使えない私でも残ってほしかったようです。

しかし、通常であれば研修期間が終わるはずが、研修期間続行と言われました。時給も研修中から上がらないままという条件でした。

内心は(いっそ、派遣切りしてくれたらいいのに・・・)と思いながらも、迷惑をかけてきた後ろめたさもあり、契約を更新しました。

 

 

また欠勤。やっぱり続かなかった仕事。

月曜日から金曜日まで、くたくたになりながら出勤し、ゴミみたいな部屋に帰る日々でした。

コンサータ36mgの副作用で、動悸・吐き気・離脱症状からくる過眠や倦怠感などにも悩まされていました。

相変わらず仕事では失敗を繰り返し、4月になって新しい仕事を任されることに怯えていました。

そして3月末になり、また無断欠勤をしてしました。

朝起きて、体が動かず、連絡の電話をしようと思ったけど2度寝をし、気が付けば昼…。

今度こそは言い訳できないと思い、現実から逃げ、欠勤を続けました。親に連絡が入り、心配をかけました。何とか派遣会社に電話をし「健康上の問題で退職したい」と告げました。

ADHDやうつ病は申告せずに働いていたので、カミングアウトする勇気もありませんでした。

社会保険脱退などの手続きが必要なのに、派遣会社に顔を出せず、派遣会社の担当者さんからの電話にも出れませんでした。

社会保険加入してて職場に荷物あってタイムカードも社員証もそのままだからちゃんとてつづきしてやめないと

— 池田ラスカル@ADHD (@rasukarurun) 2016年3月29日

もう数日無断欠勤なんだけど明日電話してどう謝ったらいいの

— 池田ラスカル@ADHD (@rasukarurun) 2016年3月30日

 自分がこんなに社会に適応できないクズになると思ってなかった夢見てた子供の頃にもどりたい — 池田ラスカル@ADHD (@rasukarurun) 2016年3月30日

書類上の手続きのため、担当者の方が直接家に来ることになりました。そして、後味悪く退職しました。もう二度と同じ派遣会社では働けないでしょう。

仕事を辞めたあとは、解放感に包まれました。それも少しの間だけ。

お金がないという現実、これからどうやって生きていくのか?この社会にどう適応していけばいいのか?

不安でいっぱいでした。

 

ネットで副収入を得る道を模索する。

私は社会にできない。もう二度と「オフィス」という人間の世界では働けないだろう。清掃や倉庫作業などのバイトをしながら生きていこう。

でもそれだけだと生活が出来ないので、インターネットで稼げないだろうか・・・。

そんな甘いことを思うようになりました。

 1月~3月頃にやってみたのが、NAVERまとめです。「まとめ記事のインセンティブで稼げるらしい」と聞いて始めました。

Jリーグやメンタルヘルスについてのまとめを10記事くらい投稿しました。

2000アクセスを集めても1日あたり3円くらいにしかならない現実に直面し、3月で辞めてしまいました。

その後NAVER まとめは放置しているのですが、なぜかアクセスが増え、1日あたり10円前後という利益を生み出しています。

そして1ヵ月あたり150円くらいの報酬がたまっています。

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池田ラスカル@ADHD on Twitter: "1年くらい放置し続けてるネイバーまとめが1日十数円不労所得を稼いでくれる。昭和初期の紙幣価値なら大富豪なのに…。

振り込んでもらえるのはいつになる事やら…。

 

もう一つ始めたのが、ブログのアフィリエイトです。

「アフィリエイトやるならとりあえずA8.net に登録しとけ。」という書き込みを読んで、国内最大級のアフィリエイトサイトA8.net に会員登録しました。

広告を探して、広告バナーをさりげなくブログに貼ってみましたが、誰もクリックしないし、そもそもブログのアクセス数自体が少ない。

ライフハックなどの記事を投稿して人気ブログを作るはずでした。が、「どうせアクセス数が少ないんだから日記帳みたいに使おう」と思うようになり・・・やがて、薬の愚痴ばかり書くようになりました。

もちろん、1月~3月はブログの報酬は0円でした。