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ADHDのラスカルの手帳

四国在/20代でADHD(注意欠如多動症/注意欠陥多動性障害)と診断/コンサータ・ストラテラ/うつ/社会不安/アルバイター/ クラウドワーカー/生きるための記録/

【ADHD記録②】レポートが書けなくなり大学を休学するまでの話

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前回の記事(【ADHD記録①】発達障害に気付かなかった二十数年間。)の続きのお話です。大学に入学してから休学するまでのお話です。

<目次>

 

 

逃げ出したかった大学生活

 

夢に見ていたキャンパスライフ、そしてあこがれだった一人暮らしは、これまで誤魔化していた分の本性を明らかにしました。

90分の講義の時間に耐えることが出来ず、トイレのフリをして退席することもしばしば。

講義を聞かなきゃ!と思っても、5分や10分もすれば気が散って上の空になりました。ぼーっとして先生の話を聞けず、気が付けばテキストが進んでいる…常に集中が切れた状態でした。

一人暮らしのワンルームはいつも散らかっていて、洗濯は間に合わず、汚れた服や実習着を着ていくこともありました。

土日は家事や課題をやらなきゃ…と思いつつ何も手がつかないまま月曜。金銭管理も無茶苦茶でした。自分の生活能力の低さ、自己管理の甘さを実感したのです。

寝坊して講義に遅れたことも、レポートが間に合わなくて学内実習に参加できなかったこともあります。

今までとは違い「自己管理」「生活力」が求められる大学生生活は、思い描いていたよりも厳しい日々でした。

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それでも何とか追試ギリギリで単位を取得し、最終学年まで進級できました。

しかし「臨床実習」という高いハードルが待ち構えていました。

 

レポート地獄だった看護学実習

 

 看護学生にとって臨床実習は「地獄」とも称されるくらい厳しい場所です。病棟や施設で2,3週間ずつ領域別(小児科、急性期、訪問看護など…)の実習を行います。これが半年以上続くのです。

各領域の実習の前には事前レポートを提出します。実習場所の病院・施設は領域ごとに違います。

朝5時に起きて、電車とバスを乗り継いで片道2時間かけて通勤することもありました。

16時半に実習が終わると、帰宅するのは18時過ぎ。そのあと待ち構えているのが大量のレポートです。

レポートは全て手書きで、フリクションのボールペンは禁止でした。まずは「毎日の実習記録」、その日行った患者さんの観察・ケア・考察、そして‘一日の学び’と’一日の反省’です。これをA4用紙2枚書きました。

そのあとに翌日の「実習の目標」と「行動計画」を立てます。これは毎朝スタッフの前で発表しなければならないので必死に考えました。

2~3週間の領域別実習の中で、他にも大量のレポートを書かないといけません。

受け持ち患者さんの病態をまとめた「病態生理」「病態関連図」「受け持ち患者さんの看護目標、看護問題、看護計画」各領域の実習の中で1度行う「症例カンファレンスの資料」

そして実習の総括となる「振り返りのレポート」です。これは、病棟発表会で発表するものです。

毎日大量のレポートを書き、ボールペンのインクが1週間で無くなるほどでした。

元々自己学習が苦手だった私は、実習から帰ると2~3時間程度仮眠をして、そのあとは睡眠時間も取らずにレポートをしていました。

元々集中力がなく、先延ばし癖があったため、人よりもレポートの完成に時間がかかりました。

 

ストレスのかかる実習現場

看護学実習は、それまでの受け身の授業とは全く違うものでした。

朝早くに家を出て、7時には病棟に入り、電子カルテで受け持ち患者さんの情報収集をします。

そしてその日の担当看護師さんに挨拶をします。この時はいつも恐怖でいっぱいでした。何とか看護師さんが優しい人であるように祈りました。

学生であるため、何をするにも担当看護師さんの許可が必要であり、無視をされると実習が成り立たないからです。

朝のカンファレンス(朝礼・申し送り)では、学生一人ずつがその日の行動計画を発表します。そしてその計画に沿って1日を過ごします。

学生が担当する受け持ちの患者さんは高齢者の方が多く、悪性腫瘍の末期の人、自己免疫疾患の難病で苦しんでいる人、手術を控えている人など様々でした。

毎朝患者さんの部屋に行き、検温や症状観察を行います。その後は検査や処置があれば見学したり、洗髪などのケアがあれば看護師と一緒に行います。

しかし、何も予定が無いと、基本的には患者さんとコミュニケーションを取る時間になります。

無資格の学生にとっては、コミュニケーションが看護ケアの手段であり、実習の評価にも繋がります。

しかし会話が下手だった私は、患者さんから「もういいから」と言われて病室を出ることもありました。

患者さんにとっては、入院しているだけでもつらいのに、何もできない学生にうろうろされたり、色々と話しをされるとストレスが溜まると思います。

病室から出てスタッフステーションに戻ると「何で何もしないの?」「患者さんとは話せたの?」と厳しく問い詰められました。

要領が悪く、コミュニケーションも下手な私。看護ケアや処置に参加したくても、現場のスタッフに上手く声をかけることができませんでした。

行き場もなく、息を殺したまま時間が過ぎるのを待っていました。

 

 レポートが書けなくなった

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 次第に私は、寝不足が重なりレポートを書くのが間に合わなくなりました。

ADHDの特徴の一つに「課題を先延ばしにしてしまう」「課題を最後まで遂行できない」という症状があります。

この頃はまだADHDとは診断されていませんでしたが、この「先延ばし癖」が私を苦しめました。

実習で疲れて帰宅した私は、すぐに机につくことができませんでした。夜遅くなってから何とか手をつけるも、集中力が持たず、睡眠時間を削ってレポートを書いていました。

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書きかけのレポートを提出したり、提出期限までに書くことが出来ずに担当教員から怒られました。

その日の実習計画のレポートや、その日行う症例カンファレンスの資料も完成できず、実習を当日欠席しました。

また、実習に参加する前の事前学習レポートですら完成できずに、実習初日に参加できないこともありました。

 

 

そして休学へ

看護実習では欠席はタブーであり、早い段階から単位不認定・留年が確定してしまいました。教員から怒られることよりも、看護師さんから冷たくされることよりも、自分の不甲斐なさが何よりも苦しかったです。

病気でつらい中で自分を受け入れてくれた患者さんがいるのに、実習を途中で逃げ出した罪悪感。

 

「どうして頑張れないんだろう」

「もう辞めてしまいたい」

 

何度も自問自答しました。 

高い学費を払ってくれる親への申し訳なさで押しつぶされそうでした。

辞めたいけど、やめるわけにはいかない。そして休学に至りました。

 

③に続きます。