ADHDのラスカルの手帳

四国在住/20代でADHD(注意欠如多動症/注意欠陥多動性障害)と診断/社会不安障害(対人恐怖症)/アルバイター

25歳の始まりの日に-置いて行かれる私と、失った夢と、これからの未来の話。【雑記】

ADHD(注意欠陥/多動性障害)のラスカルです。20代前半が終わり、20代後半が始まりました。どうしようもない虚しさと、乗り越えられない発達課題と、未来への不安。今日しか書けない雑記。

 

年齢に追いつけない感覚。若くみられても嬉しくない。

 

25歳になった。25歳というと、すごく大人で、20代後半で…そんな「25歳」に自分がなったという不思議な感覚。信じられない。私が25歳???

24歳ですらすごく追いつけていないのに、いつの間にか24歳が過ぎた。そして20代前半が終わった。私の心の中にある虚しさは、単に女性としての若さを失っていく悲しさでも、祝ってくれる人がフォロワーと家族しかいない悲しさではない(それもあるけど)

年を取ることがこんなに受け入れがたいのは、実年齢に見合った社会性がないからだ。自分の心が、年齢や社会から引き離されていくような、そんな恐怖感と虚しさがある。

私に25歳らしさはない。肉体は確実に衰えているが、精神性・社会性はとても25歳に見合うレベルではない。

時間が経つのは早いのだ。あっという間に30歳だろう。30歳になったとき、私は30歳らしくなっているのだろうか。

 実年齢より若く見えるのがつらい。私は童顔のせいもあり、学生と間違われる。実年齢を言うと、びっくりされることが多い。お世辞かもしれないが、私はうれしくない。

私には年相応の大人の女性としての社会性がないのだ。言動に幼さや、社会的な経験の未熟さが出ているため、実年齢と不釣り合いになるのだろう。

実年齢を聞かされた相手は、きっと「え?その年齢でそれ?」と思っているに違いない(と、いつも怖くなる)

 

 

20歳からの私の5年間

花に例えると、日のないところに置かれて咲く前に枯れてしまうような、そんな時間だった。

苦しんだ割に実りは少ないな

私の好きなsyrup16gのハミングバードの詩の一部だ。何もしなかったわけではない、努力しなかったわけでもない、全く意味がなかったわけでもない。でもこの5年間が私に残したものは、あまりにも実りが少ない。

 

 

感情七号線と失った夢

昨日は0時を迎える前に絶対に寝ようと思った。

 

寝る前にフラワーカンパニーズの感情七号線 を聴いた。フラワーカンパニーズは深夜高速 という曲が有名だが、私はこの曲が一番好きだ。初めて聴いたときは23歳の時で、まるで胸に突き刺さるような苦しさを感じた。その苦しさは年を重ねるごとにリアルになっていく。

 

感情七号線

感情七号線

  • フラワーカンパニーズ
  • ロック
  • ¥250
  • provided courtesy of iTunes

 

夢って言葉は残酷なんだな

理想と現実 裏目裏目でも表にならない

 

 

夢を追いかけていた

感情七号線を聴くたびに失った夢を考える。私はロックミュージシャンを目指していたわけでも、プロレスラーや漫画家を目指していた訳でもない。それでも夢があった。看護師になり、人の役に経ち、経済的に自立をして、一人暮らしを楽しみ、趣味があって、友達がいて、恋人がいる生活である。

レールの上を走るような平凡な生活だ。子供の頃は、大人になれば勝手にそんな生活が手に入ると思っていた。ハタチになって簡単には手に入らないと気付いてからも、いつか手に入れたいと夢に見ていた。

望んでもレールの上から脱線するし、平凡な生活は私にとっては特別のままだ。そして夢に見ることもなくなった。

 

 

未来は想像よりも悪い

人間は無意識に、未来は良くなるはずだと思い込む。私はネガティブで悲願的だが、心のどこかで良い未来を信じていた。そうしないと生きていけないからだ。

思い描いてきた10年後の自分、5年後の自分、1年後の自分の姿は、想像よりも遥かに最悪だった。今思うと、私は15歳の時に、今が人生の底で大人になれば自由になれると思っていた。すごく子供だった。大人になったらもっと底になったし、もっと不自由になった。

この先自分が落ちるのかどうかは分からないが、今よりももっと「底」は存在するのだろう。常に「過去の自分」を裏切り続けてきたのだ。今の25歳の私が、過去の自分と合ったらどうなるだろう。絶望して生きていけないだろう。

 

 

発達が障害されてる。マジで。

人間は常に成長し続けている。大学生時代に授業でよく習ったのが「発達課題」だ。心理学や看護学を専攻していた人は聞き覚えがあるかもしてない。

人間は常に成長し続けていて、各発達段階で獲得しなければならない課題がある。偉い心理学者いわく、それらの課題は「人間が健全で幸福な発達のために必要不可欠であり」「次の発達段階に移行するために必要なもの」らしい。

 

おそらく、私の心の発達は学童期あたりで止まっていて、壁にぶつかり続け、この大人の社会に全く適応できないまま、大人の姿をして社会に出ているようなものだ。

「発達障害」という言葉を考える。この言葉は、良い得て妙だと思う。私の現状を一言で表すとまさに「発達が障害されてる」という感じ。

 

 

それでも未来は良くなると信じたい

それでも未来は良くなると信じたいし、明日は今日よりマシだと思いたい。そうしないと生きていけないからだ。

明日のための準備をして、明日のために早めに寝て、寝坊せずに起きて、日雇いに行き、苦しい思いをして、お金を稼ぎ…未来に期待しなければこんな生活はとても続けていけない。 

 

 

今年の誕生日は一人じゃなかった

今日は朝起きて、寝坊して、電車にギリ間に合って、倉庫に日雇いに行って、昼過ぎたら「在庫がなくなってすることないからしばらく掃除してて」と言われ、3時間床のモップがけをした。「そのままモップがけしてて」と声をかけられ続け、同じ通路を何往復もして、ひたすら定時のチャイムを待った。帰り道に、久しぶりにスタバの甘いやつを飲もうか迷ったけど、お金がないのでやめた。家に帰ってカップラーメンを食べた。

 

このカップラーメンはフォロワーさんからいただいたものだ。少し前に食べるものがなくなって、Amazonほしいものリストを公開したら、複数の人が食べ物を贈ってくれた。

見ず知らずの人が自分のことを気にかけてくれて、自分のためにお金を払って、食べ物を贈ってくれたことが、とてつもなく嬉しくて、心が救われた。

物だけじゃなくて、Twitterで誕生日を祝ってくれる人がいたり、♡のボタンを押してくれるだけでもうれしい。たたがネットの世界で、そんなものに依存しているなんてと思うかもしれない。

それでも、顔も名前も分からない誰かが、自分の存在を認めてくれるのが嬉しかった。自分の言葉を受け取ってくれる人がいることが励みになる。

そして、救われた気持ちになるのだ。人生はそんなに悪くない、私は生きていてもいいし、未来はきっと良くなる(と思いたい。)

 

 

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Amazon欲しいものリストを公開したら食べ物が届きました。ありがとうございます。6/23追記 -

#雑記 24歳の私が、誕生日を恐れる理由-社会のどこにも居場所がないまま、置いていかれる。