ADHDのラスカルの手帳

20代でADHD(注意欠如多動症/注意欠陥多動性障害)と診断/社会不安障害(対人恐怖症)/アルバイター

♯ADHD記録④ 確定診断を受けたあと退職した話

 前回の記事(♯ADHD記録③ 注意欠陥・多動性障害(ADHD)と診断された日の話 - ADHDのラスカルのブログ)の続きのお話です。

 

ADHD(注意欠陥多動性障害)と診断され、ストラテラカプセルという治療薬での治療が始まりかけた頃のことです。ちょうど診断書の休職期限が近付いてきたので、上司と面談の予定が入りました。休職を延長するという選択肢もありましたが、その時点では私の退職の意思は固まってました。

その理由…。

 

◆何度もミスをして医療職として自信を無くしていた。鬱状態。

◆ストラテラは即効性がない(最低でも6週間はかかる)ので、すぐに効果は期待できない。

◆一人暮らしで貯金もない。これ以上休めない(傷病手当出てませんでした。)

◆入職して、すぐに欠勤し続けてそのまま休職してしまったので、戻りずらい。同期とも差がついてる。

◆ADHDのみではなくて、元々の社会不安障害もあり、コミュニケーションが必要は仕事はストレスが強い。

 

「本当にやめていいの?」クリニックの主治医にも言われました。

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上司や家族にも。苦労して取った国家資格、部屋には沢山の参考書や専門書。売り手市場の医療職ですが私は留年や休学をしていたので、新卒採用は試験何度か落ちていました。

だから、内定通知が届いたときは涙が出るくらい嬉しかった。今でも覚えています。3年は頑張ろう、ここで一生使えるスキルを身につけよう。そう決意しました。大学合格より、国家試験合格より、就職が決まった時の方が何倍も嬉しかったです。

「3年、最低でも1年は続けた方が良い。すぐにやめても、中途採用で仕事は見つからない。また新人と同じようなで条件育ててくれる職場じゃないと…。あなたの経歴では新卒でも雇うのもリスクが高かった。あなたの将来にも、辞めない方が良い。」

最初に休職した時に管理職の上司から言われた言葉です。いくら免許だけ持ってても、ペーパードライバーと同じ。「〇〇の資格があればいくらでも仕事があるのでは?」今のでも職場でもよくいわれます。でも知識も技術ない。ブランクもある。その上障害の症状も…。仮に元の仕事に戻れても、うまくはやっていけない気がします。

 

ADHDという診断を受けたこと、薬での治療が始まったこと、向いてないので辞めさせてほしいとはっきり伝えました。

管理職の上司は、ADHD(注意欠陥多動性障害)という疾患名も、ストラテラという薬も知りませんでした。医療に何十年も携わってる方ですら知らない…まだまだ日本で知られていない障害なのだと、改めて痛感しました。

退職の意思を告げると、すぐに退職手続きが進みました。制服、ロッカーのカギ、保険証の返却、年金手帳と離職票の受け取り…。

どこか肩の荷が下りるような気持ちもありました。でも、仕事が続かなかった無力感と、一人暮らしで貯金もなく、この先どうして生きていけばいいのか…。不安でいっぱいでした。

このあと、ストラテラカプセルの副作用と高額な医療費に苦しみながら、派遣での日雇いアルバイトで食いつなぐ生活を2カ月以上送ることになります。

その頃のことはまた時間があるときに書きたいと思います。