ADHDのラスカルの手帳

20代でADHD(注意欠如多動症/注意欠陥多動性障害)と診断/社会不安障害(対人恐怖症)/アルバイター

【ADHD記録】大学病院で初診・心理検査を受けた日の話

 ADHD(注意欠陥多動性障害/注意欠如多動症)・社会不安障害の池田ラスカル (@rasukarurun)です。私は大学留年や休学を経て社会人になりました。社会に出てわずか5か月後、24歳の時にADHDと診断されました。仕事がうまくいかずADHDを疑った私が、予約待ちをして大学病院で初診・心理検査を受けた日の記録です。2015年の8月の夏の日でした。

<目次>

休職中で先の見えない日々

「月の明かりが私を照らす月の明かりが私を照らす」のフリー写真素材を拡大

 当時の私は、入職してわずか3か月で休職していました。自分がADHDかもしれないと疑い、かかりつけのメンタルクリニックの主治医に相談したところ、診断のための検査を受けるには専門の病院に行かなくてはいけないと告げられました。

 主治医に大学病院の予約の電話をしていただき、紹介状を書いていただきました。初診の予約が取れたのは、1か月後でした。休職中だった私は、先の見えない中で「早く診断を受けたい」という気持ちでいっぱいでした。

 この時の私は、自分がADHDだと確信に近い気持ちを抱いていました。今まで苦しんできた理由がはっきりして欲しい、ADHD治療薬を飲めば症状が改善するかかもしれない…そんな期待を抱いていました。

 

待ち望んだ1か月後の初診の日

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 1ヵ月待ち望んだ初診の日が来ました。診察時間は午前10時です。休職中と抑うつで昼夜逆転の生活を送っていた私は、朝起きれるだろうか、診察時間に遅刻しないだろうか…そんなことが一番の心配でした。

 気温30℃近い暑い日でした。電車に乗り、大きな大学病院まで行きました。たった電車で数駅先ですが、久しぶりの外出でした。どんなことを聞かれるんだろう?何を話したら良いんだろう?胸に溜め込んだ自分の苦しさをうまく伝えられるか心配でした。

 正面玄関を入って大きなフロアで迷いそうになり、総合受付に案内してもらいました。初診受付窓口で受付をしました。病院内には、白衣を着た若い看護師さんがハキハキと歩いていました。看護師になってわずか3か月足らずで休職した私にとって、その姿はとても輝いていて眩しく映りました。そしてどこか後ろめたいような、胸が痛い気持ちになり、顔を伏せたまま病院内を歩きました。そして、精神科外来の待合室に到着しました。

 待合室は、沢山の患者さんがぎっしりと座っていました。初診の私が1か月待ちになるのも当然だな、と思いました。患者さんは中高年や高齢者の方が多く、普通の内科と変わらないような雰囲気でした。

 

研修医の先生の問診(20分) 

 番号を呼ばれて診察室に入りました。想像よりも若い、30代くらいの医師(A先生)が座っていました。何か急いでいるような慌ただしい様子でした。紹介状を渡すと「まずは問診を受けてもらいます。」と言われ、若い研修医の先生が入れ替わりで入ってきました。

 研修医の先生(以下B先生)は男性で、私と同じくらいの若い方でした。バタバタした診察室の様子にいきなり面を食らいましたが、問診ではB先生の丁寧で穏やかな話し方に安心をしました。

 そして問診がはじまりました。まずは家族構成や、家族はどういった性格か…ということを聞かれました。離れて暮らしている両親やきょうだいの年齢、仕事、性格…家族の顔を思い出しながら、一人一人話しました。B先生は紙に家族図を書きながら、家族の特徴を書き込んでました。

 

 

私の家族もADHDだったの?

 ADHDなどの発達障害は遺伝的要因があるとされています。今までは気にしたことが無かったですが、話しているうちにADHDの特性が家族にもあるのかもしれないと気付きました。父親は私より社交的な性格でしたが、落ち着きがなく貧乏ゆすりをしたり、一緒に出かけると家族を置いて一人で歩いて行ってしまうことがありました。ギャンブルが趣味で、借金などの金銭トラブルもありました。ADHDの多動・衝動性の特性と近い性格でした。

 兄は父とは違った性格ですが、部屋の片づけが苦手で、物事を先延ばしにして時間や期限を守れなかったり、計画的に行動するのが苦手でした。父も兄も、自分のそういった性格が、仕事や社会生活の上で大きく影響していました。

 ADHDでも当事者によって特徴は様々です。私の親やきょうだいも、性格はそれぞれ違いますが、ADHDに近いような特性を持っていました。親やきょうだいは”健常者”として生きてきました。しかし、診断を受けなかっただけで、ADHDの症状に苦しみながら生きてきたのかもしれません。

 

子どもの時から苦しかった気持ちを、初めて話せた

 

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「次は、子供の頃からの話を聞かせてください。」

 家族の話が一通り終わると、次は子供のころの話をすることになりました。記憶をたどりながら、小さかった自分の思い出して、保育園時代から順に話していきました。

保育園の時。人見知りで不安が強い子供だったこと。小学生になると、ボーっとして人の話が聞けなかったり、落ち着きがなくて椅子を揺らしたり、道路に飛び出してしまったこと。

中学生になっても自己管理が苦手だったこと。ストレスで対人恐怖が強くなったり、欲求を我慢できずに過食をしていたこと。

集団にいると周りが見えていないことが多くて、協調性がなかったこと。大学生になるとレポートの提出ができずに留年したこと、就職してからの失敗の数々…。どれだけ注意してもうっかりミスで怒られて、複数の業務に頭が追い付かなくて、必死にやればやるほど空回りをしたこと。そして心が押しつぶされて、逃げるように休職したこと…。

 最初はうまく話せるか心配でしたが、話してるうちに心に溜め込んだ気持ちがあふれるように言葉が出てきました。自分でも忘れていたことを思い出して、泣きそうになりました。

 B先生は、私のまとまりのない話を真剣に聞いてくれました。時折「それは辛いですよね。」と共感しながら話を聞いてくれて、とても安心して話すことができました。 子どもの時から感じていた生きづらさを、本音で全部話せたのはこの時が初めてでした。受け止めるように真剣に聞いてくださったのもB先生が初めてでした。問診は時間にして20分程度だったでしょうか。少し心が軽くなったような気持ちでした。

 

成育歴はADHDの診断にとって重要

 子どもの頃からの成育歴は、発達障害の診断にとってキーポイントになります。日本ではADHDなどの発達障害の認知が遅れていて、私のように大人になってから障害を疑って検査を受け、診断される人がたくさんいます。

 ADHDと一見似たような症状があっても、違う病気の可能性もあります。仕事や環境の変化などのストレスで、一時的に物忘れや衝動的な言動が出ることも考えられます。本当にADHDなのか?判断するためには「子供の時から症状があったか?」というのが重要だそうです。病院によっては、昔の通知表を持参させたり、家族と面談をすることもあると聞きました。

 

心理検査(CAARS 日本語版 自己記入式用紙)の記入

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先ほどの研修医B先生の診察が終わり、入れ替わるように精神科専門医のA先生が入室しました。何やら忙しいようなバタバタで、紹介状とカルテにざっと目を通していました。

えーっと…次は…心理検査ですね

そう呟くと、机の引き出しからB5サイズの用紙、鉛筆、クリップボードを取り出しました。

簡単な検査です。これを待合室で書いてきてください。あまり深く考えずに書いていただくと良いです。終わったら受付に渡してください。

詳しい診断は次回の診察で伝えます。1週間後の予約でよろしいですか?

  テキパキと話すA先生。よく分からないまま用紙を受け取りました。 え?これで終わり?と多少面くらいました。当日に診断がもらえると思っていた私は(あと1週間も待つのか…)と焦る気持ちでした。

 診察室から出た私は、待合室に座り、心理検査の用紙の記入をしました。心理検査に関しては詳しい説明はありませんでした。(よくありそうな自己症状チェック表みたいだなぁ)と思いながら記入しました。

 あとで調べたところ CAARSという心理検査 (Conners' Adult ADHD Rating Scales)でした。CAARS自己記入用紙には66項目の質問があり、「まったく当てはまらない」~「非常に当てはまる」の4段階で回答します。成人のADHD診断や評価のために行われるものです。質問項目は「うっかり口をすべらせてしまう」、「いらいらする」など様々な質問がならんでいました。

5分くらいであっけなく終わった心理検査

「鉛筆・ノート・消しゴム鉛筆・ノート・消しゴム」のフリー写真素材を拡大

 「あまり考えずに回答してください」と言われたので、本当に直感でサクサクとチェック項目を埋めていきました。1問あたり10秒のスピードで進めて、5分くらいであっけなくに終わりました。

 (本当にこれでいいのかな)と思い、念のため読み返しました。質問を読み飛ばしてチェック欄が空白だったり、質問を読み間違えて真逆の回答をしていた箇所がありました。こういうせっかちさがADHDっぽさなのかなぁ…と自分に呆れました。

 検査用紙の記入が終わった後はどうしていいか分からずに、待合室に座ったままボーっとしてしまいました。たった数分前の診察室で、医師から「終わったら受付に渡して帰って下さい」と言われていたのに、それを忘れていたのです。どうしていいか分からず受付に声をかけて検査用紙を渡したときは、情けない気持ちでした。

 心配していたその日の支払いは、保険適応内で2000円程度でした。大学病院なので、通常は初診の再に特別料金として別途5000円がかかるのですが、クリニックの主治医の紹介状があったので免除されました。

 1か月間検査を待ち望んでやっと終わった!という安堵もありましたが、また診断まで1週間待たなければいけない苛立ちの方が大きかったです。休職中で何もできない自分に苛立ち、生産性のない毎日で、お金も底をついていた私。焦燥感と不安で追い詰められていました。毎日を捨てているような感覚で過ごしていました。

 家に帰ると疲れ果て、何も考えたくない気持ちになり、抗不安薬とビールを飲みました。早く診断がはっきりして欲しい、早くADHDの薬を飲んで治療して転職したい……まるで人生に裏切られたような絶望感に包まれながら、眠り込んだのを覚えています。